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婚礼の歴史【第3部】
2019年10月17日(木)
こんにちは
ホテル日航福岡のウエディングスタッフブログです
秋が深まり、急に涼しくなって来ましたが
皆様、いかが過ごしですか。
夏の暑い日々が過ぎて、読書の秋、食欲の秋🍂
これから楽しい時期に入って参ります。
デートに博多に来られた時、福岡に来る用事で博多に来られた時は
是非、来館をお待ちしております。
博多駅から歩いて3分で来れる、ホテル日航福岡は、
多くのお客様にご満足して頂いております。
今日は、明治時代(1868年~1912年)~
明治時代に入ると、欧米文化が入ってきたことにより日本でも
結婚式に様式美を求めるようになった。
欧米の結婚式の流れを模して神社で儀式を行う「神前式」が生まれ、
日本の結婚式のスタイルとして定義していった。
【神前式の広がり】
神前式が一般に広まるきっかけになったのが、1900年(明治33)に宮中で行われた
当時の皇太子喜仁(よしひと)親王殿下(後の大正天皇)と神前式のロイヤルウエディングである。
その翌年、日比谷大神宮(現在の東京大神宮)では、
一般の人々を対象にした模擬神前式が行われた。
日比谷大神宮は、日本初の本格ホテルである帝国ホテルと距離的に近い為、
日比谷大神宮で神前式を行い、帝国ホテルで披露宴を行うという、
現在につながるスタイルが登場した。
【永島式結婚式】
神前式はその後、昭和に入って急速に拡大するが、
その理由としてひとつがホテルや会館などで挙式できるようになったことである。
そして、その布石となったのが、新しい結婚式緒スタイルとして
1909年(明治42)「永島式結婚式」であった。
これは、当時の東京市麻布区で結納物調達商を商っていた永島三郎が、
「結婚式を荘厳かつ簡便に行いたい」と考案した出張型の神前式スタイルで、
神主や巫女、雅楽奏者にいたる神前式に必要な人材や道具一式を揃えて、
個人の家や会館などに出向くという先進的なものだった。
【大正時代(1912~1926年)】
永島式結婚式は人々に歓迎され、大正時代になると、当時増えつつあったホテルや会館などでも
行われるようになった。こうした中、帝国ホテルや永島式結婚式が導入され、結婚式と披露宴、
ホテル内での美容や写真館での撮影などを組み合わせた、現在のホテルウエディングの原型が誕生した。
昭和に入ると、各地のホテルや会館などでも館内に近代的な結婚式を開設するようになり、
現代のウエディングに近い形ができていった。
【昭和時代(1926~1989年)】
神前式が隆盛を迎えるのは、昭和20年代半ばからである。
第2次世界大戦が終わり、戦後の結婚ブームが起こると、戦後民主主義と経済成長の波にのり、
結婚式にも変化がみられるようになった。
結婚式専門の式場が次々とつくられ、
それまで三三九度と親類縁者の祝宴を新郎の家で行っていた庶民の結婚式も
こうした結婚式場やホテル、会館などに場を移すようになる。
戦前は一部の上流階級のものでしかなかった神前式も、広く一般庶民に普及していった。
昭和ぐらいから、今のブライダルに近くなってきたようです。
これからは、キリスト教式や、時代で変わる、ハデ婚・オリジナル婚・おもてなし婚へと
今に繋がっています。
次回は神前式からキリスト教式へを
次回も楽しみにしていてください。
少しでも結婚式に興味を持たれた方
この機会にぜひぜひ、ご来館ください。
博多の玄関口、ホテル日航福岡で
みなさんのお越しをスタッフ一同お待ちしております。
南アフリカ原産で、陽が当たると花弁がきらきら輝くところから
別名をダイヤモンドリリーといいます。
ギリシャ神話の水の神「ネリネ」の名に由来しています。
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